古都首里の歴史と文化を学んで、
もっと首里を好きになろう!


番外 首里大学(市民大学)開催レポート

平成25年度「琉球王朝祭り首里」&那覇市歴史博物館&おきなわ県民カレッジ連携講座

平成25年8月31日(土)9:30~
歴史散策 ヒジガービラ、ヒジガー橋、金城町石畳、大アカギなど史跡巡り
案内・講師 那覇市街角ガイド

このフィールドワークは、昨年の「首里大学」で予定されていたものの、
二度の台風到来で延期、中止に追い込まれたものですが、
そのままお流れにするのももったいないということで、
本年度の受講生を対象に新たに募集を掛け、今年再実施するものです。
案内と講師は、昨年と同じNPO法人那覇市街角ガイドのご協力を得ました。
先着20名定員の募集枠で申し込まれた20名の受講生の方々が参加されました。


■コース紹介(クリックすると拡大します)




首里杜館広場にある、手前「国王頌徳碑」前のグループと、向う「眞珠湊碑文」碑前のグループ、
二班に分かれて行動します。



ちなみにこれが「国王頌徳碑」で、歴代国王の殉死の風習を禁じた
尚真王の仁徳を讃えた碑。



こちらが「眞珠湊碑文」碑。尚真王が外敵に備え、金城町石畳道を経て、真玉橋、那覇の港口までの
軍用道路を整備した功績を讃えた碑文。



但し、先の二つの石碑は元々は、守礼門裏側のこの辺りにあって、
石門(いしじょう)とよばれた門の両側にそれぞれ箱に囲まれた形で左右に建っていた。
そしてここが真玉道の起点になっていた。



真玉道を下る左手の首里城京の内崖下に「仁君主御主前(ジングンジュー・ウシュメェーヌ)墓」がある。
都を浦添から首里に遷都した察度王の墓所ではないかという伝説が残っている。




崎山御嶽。王府時代の首里三箇の一つ旧崎山村の御嶽。
高級神女の首里大阿母志良礼が祀りの司祭だった。
境内は察度王の子・崎山子の屋敷跡とされ、古い瓦も出土する遺跡。



崎山樋川。恵方が巳に当たる年の元旦は、王に献上する若水がここで汲まれた。



崎山馬場。瑞泉酒造前の230mの東へ伸びる直線道路は、王家御用の馬場だった。
馬術訓練や村人の綱引きの場所にもなった。



崎山馬場御桟敷跡。王が馬術訓練を謁見した際の桟敷跡。現在は崎山公民館。



末衛増嶽(しーまたき)。旧崎山村の御嶽で、この横に井戸があって、
馬追いのあと馬に水浴びさせる場所でもあった。



御茶屋御殿石造獅子。元は御茶屋御殿(現首里カトリック教会内)にあったが、
崖崩れの恐れから雨乞嶽の隣に移設。御殿を火災やその他の災厄から守る獅子とされる。



雨乞嶽。干ばつの時は王みずからここで雨乞いを祈願した。
マーニ(クロツグ)の生える丘を、低い石垣で丸く囲んで聖域としている。



雨乞嶽からの絶景。古来、首里八景の一つで、雩檀春晴(うだんしゅうせい:
春雨の合間に雨乞いの丘からの眺望が素晴らしい)と冊封使が漢詩で賞賛した。
現在は、危険防止のためフェンスを設置工事中。



御茶屋御殿跡。首里カトリック教会の裏手に当たる。
王府別邸で、冊封使歓待したり、茶道、生花、舞踊、武芸など芸能の殿堂だった。
石垣部分が残存するものの、復元が待たれる施設の一つ。



国吉比屋(くにしぬひゃ)の墓。中城按司護佐丸の子・盛親を隠まって養育した人として知られ、
査姓国吉家の始祖。元は住吉町にあり、儀間真常の墓と隣接していたが、
米軍接収によりここに移築。田里朝直作の組踊「義臣物語」の主人公として登場した。



甘藷、木綿の栽培普及や製糖技術の導入に尽力し、沖縄の産業の父とされる儀間真常の墓所。
国吉比屋墓とともに、1959年に那覇軍港の場所から移設。



亀甲墓群。古来の様式を知ることができる。



ヒジ川ービラ。かなり急坂である。王府時代、首里から南部へ向う主要路の一つで、
16~17世紀に整備された。琉球石灰岩で石畳や土留めを築き、道の両側には
松が植えられていた。その名は近くの井戸(カー)の岩を滴る水がヒゲに似ていたことに由来する。



ヒジ川橋。坂を降り切り、県道を横断した先にある。琉球石灰岩によるアーチが一つの単拱橋。
御茶屋御殿から識名園へ至る道の途中の金城川(現安里川)に架けられている。



金城ダム、平成13年完成。近代建設物の脇を旧跡、旧道を求めて行く歴史好きの皆さん。



金城町石畳道を下り、県道を渡った地点にある金城橋(カナグスクバシ)。
写真左端に由来を述べた「金城橋碑文」石碑が見えている。
橋を右へ渡ると識名平で、識名園や島尻方面へ抜ける幹線道路となっていた。



金城町石畳道登り口にある琉球料理店「首里殿内」。本日の昼食の場所なり。



よく歩いた五体へエネルギー補給。高級士族の屋敷で琉球料理を食す幸せに浸る。



参加者全員で、記念撮影。クリックすると、拡大します。
プリントご希望の方は、その拡大した画像をL版~A5程度でそのままプリントしてください。



ゴールまであと少し。石畳道途中の金城村屋の隣にある金城大樋川。
がっしりと重厚な造りで、古来、坂を上下する人・馬に命と憩いの水を提供した。



金城石畳道。守礼門裏手の石門から識名、国場、真玉橋を経て、南部へ至る重要道路。
那覇港を外敵から守る軍用道路を兼ねていた。竣工は1522年、尚真王の代。
全長300m、幅4m、琉球石灰岩を相方積みで敷設。沖縄戦の戦禍から奇跡的に免れた貴重な文化遺産である。



金城町御嶽拝殿「カネノ御イベ」。背後に大アカギ群が林立しており、
霊感漂う神々の空間性を帯びていて、スピリチュアル・パワースポットとして評判だ。
ムーチー(鬼餅)伝説発祥の地としても名高い。



内金城嶽境内の大アカギ。樹齢200年以上。現在、6本のアカギが自生している。
巨大なアカギの空洞がそのまま天然の祠を形成していて、神秘的な雰囲気を醸し出している。



昼食タイムも入れて4時間余に及んだ歴史散策がゴールの時を迎えた。
頭も体も疲れたものの、それは時空を超え、琉球王国のいにしえの昔を現実に旅したことの
心地よい疲れでした。皆さん、ほんとにほんと、文字通りお疲れさまでした。



■首里振興会から当日配布された詳細資料
向学・好学・後学のために、ノーカットで収録します。プリントして、参考書代り、歴史散策の手引きとしてご活用ください。
各画像をクリックすると、拡大します。

   
   
   
   
   
   
   
   
   


(Fin)