古都首里の歴史と文化を学んで、
もっと首里を好きになろう!


第5期首里大学(市民大学)開催レポート

平成26年度「琉球王朝祭り首里」&那覇市歴史博物館&おきなわ県民カレッジ連携講座

全5回の講座です。日程とカリキュラムはこちらご覧ください。

首里振興会と那覇市歴史博物館、おきなわ県民カレッジとの連携講座「首里大学」は、
好評のうちに5年目の第5期に入り、講座内容は進化の度を深めています。

沖縄学の父・伊波普猷の提唱したニーチェの言葉「汝の立つところ深く掘れ、そこに泉あり」よろしく、
琉球王国のお膝元・首里についてのさまざまな「コト、もの、人」への興味にもたらされた学びを実践しています。


第5回最終回 平成26年9月11日(木)18:30~20:00
沖縄県総合福祉センター(501研修室)/那覇市首里石嶺町

講師 日本学術振興会特別研究員PD 山田浩世氏
テーマ 尚真王とその時代 ~「王国」の成立~




この最終回の講義は、当初は第5期首里大学の第1回目に予定されていましたが、
台風の襲来により延期されていたものです。
最初が最後に回り、講座全体の理解にそれなりの影響がでたはずですが、
泣く子と地頭と自然には勝てぬとあきらめ、
歴史を逆に辿る機会を得たとプラスに転じましょう。

山田浩世先生によると、第二尚氏三代尚真王の業績については、
王国の基盤を作り上げた偉大な王と形容されるものの、分かっているようで実のところ分かっていない。
複雑な政治背景があるようだが、史料が少なく、
百浦添之欄干之銘や、国王頌徳碑や真珠湊碑文などの碑文を頼りに研究せざるを得ない。
研究者泣かせの時代だ。

現在の首里城は18世紀始めの姿を復元したものだが、尚真王の時代の首里城は明帝国の紫禁城を模し、
青石(輝緑岩)製の欄干には、尚真王が成し遂げた11の業績、
たとえば仏教の振興、太平山遠征、職階・位階の制定、明との一年一貢の実現から、
首里城内外の整備、中華殿閣制に倣った欄干の設置などの銘文が刻まれていたが、確認しようがない。
琉球を代表する国王である一方、多くの謎の残る王であるが、近年の研究成果を報告したい。

★講義の詳細は、一番下の当日配布されたレジュメを参照してください。


外間政明那覇市歴史博物館主査による講師紹介で始まる。



講師の山田浩世氏。首里大学の講師として何回も登場して頂いている
田名真之沖国大教授のもとで琉球史研究を深めた。


ご覧のように満員!! 全5回の連続講義で、かなり学際的な内容だが、
百名超えの受講生が欠けることはなかった。


パワーポイントを使った講義。
スクリーンに「第一回 尚真王と…」とあるのがご愛嬌です。


首里城欄干の刻まれた尚真王の業績の一つ、城内外の整備。
これは京の内の三つの御嶽の竣工について。


聖地・斎場御嶽に、首里城の三つの場所の名前…大庫理=正殿、
寄満=御内原、三庫理=京の内三嶽が、そのまま付けられているのは、象徴的だ。


尚真王代に東南アジア全域に大交易時代を築いて繁栄した琉球王国だが、
子細にみるとアユタヤ王朝(タイ)との交易が圧倒的に多い。


■動画 講義のまとめ部分の動画です。真ん中の矢印ボタンを押すと再生がスタートします。
尚真王にまつわる最後の謎を問いかけています。


講義終了後は、「首里大学修了式」が行われ、
4回以上受講した方には修了証書が首里振興会から手渡されました。


修了証書を受け取った方々の晴れ晴れとした笑顔が印象的でした。
さらなる深化をめざす、来年の「首里大学」をお楽しみに!

当日、山田浩世氏から配布された手作りのレジュメ
各画像をクリックすると、拡大します。

 



 





 




第4回 平成26年8月28日(木)18:30~20:00
沖縄県総合福祉センター(501研修室)/那覇市首里石嶺町

講師 県立芸大付属研究所研究員 仲村 顕氏
テーマ 蔡温~その功績と人物像~



琉球王国の中興の祖ともいえる三司官・蔡温は、王国の今後がどうあるべきか、
やるべきことは何かを常に考え、実行した人だった。
有名な「御教条」では、士族の在り方、地頭職の役割から農民の義務、子供の教育、敬老の精神、ユタの禁止まで、
具体的な政策が特徴であり、かつ各間切で、月二回決まった日に講読会を開き、徹底。実践的だった。
もう一つの著作「独物語」では、王府トップの三司官や表十五人衆に政治経済の有り方を説き、
農林政策や港湾の活用、飲酒や色欲の戒めから、さらには遊郭の必要性、有事への防備まで、具体的で多岐にわたる。
久米村出身だけに風水の知識にもたけ、名護に運河を造り、ここに王城を遷都するという案が出た時に、風水理論からこれを一蹴した。
父子二代にわたり、羽地朝秀の「中山正鑑」を漢訳改編集した「中山正譜」も残した。
蔡温没後、琉球には三司官が四人いるといわれるほど、蔡温の業績は多大であった。

★講義の詳細は、一番下の当日配布されたレジュメを参照してください。


まずは、那覇市歴史博物館・古文書解読員の川島淳氏による講師紹介。


首里大学の連携先・おきなわ県民カレッジの神谷氏から「学びのパスポート」のお知らせ。
発行がまだの受講生はその権利があり、受講によって点数が加算されるとの報告。


今日も大入り満員の盛況。大相撲なみです。先生の講義にも熱がこもります。


本日の講師、県立芸大付属研究所研究員の仲村顕氏。
今回のテーマ「蔡温」のお墓の近くの首里大名町に最近、転居してきたそうです。


復帰前、蔡温は3セントの琉球切手の顔にもなったと、講義が始まる。


琉球王国の正史「中山正譜」は、羽地朝秀の「中山正鑑」を蔡温の父・蔡鐸が漢訳補訂したものを
蔡温が改修したものだから、三者の合作といえよう。



講義の模様を動画で体感してみてください。2分48秒
昭和に入ってからも、二百年前の蔡温の残した思想や政策を学ぼうと、官民挙げての研究会や勉強会が開かれたが、
その様子を伝える沖縄の新聞報道(1935年)を紹介しています。


講義終了後も、受講生から質問がいっぱい!


質問の内容は、仲村顕先生がタジタジとなるマニアックなものも多いが……


それらに対し、先生は身振り手振りで、丁寧に答えていき、好感度ハイクラス。


これが沖縄県発行の「学びのパスポート」なり。持ち点千点を超える“琉球マニア”もいるそうです。
あなたも挑戦しよう!


当日、仲村顕先生から配布された手作りのレジュメ

各画像をクリックすると、拡大します。

 



 





 



第3回 平成26年8月23日(土)9:00首里杜館広場集合 9:30出発~12:30到着

野外フィールドワーク 古都首里史跡めぐり
当蔵~赤平~儀保~大中
案内役 古都首里探訪会の皆さん


「首里大学」は、座学として頭で学ぶばかりではなく、
学んだ内容を実地に足で訪ね歩き、知ることも大切にしています。
野外フィールドワークを実施することを恒例としています。

今年の野外授業は「古都首里の史跡巡り」と題し、
3時間余りをかけて、首里のスージグヮーを探訪しました。
コースは、首里杜館広場集合→当蔵→赤平→儀保→大中の各史跡です。

今回は、いつもの写真と解説コメントのかわりに
楽しい動画ムービーに仕立ててみました。
サルサの陽気な音楽にのりながら、一緒に歴史散策している気分に浸ってください。



「熱中症に気を付けて、古都首里探訪を楽しみましょう」と、慶佐次興和首里振興会副理事長のあいさつ。
皆さん、「マカチョーケー!」の返事の後、班ごとに元気に出発!


首里大学第3回 動画ムービー「古都首里の史跡めぐり」 5分7秒
真ん中の矢印の再生ボタンを押すとスタートします。




第2回
 平成26年8月21日(木)18:30~20:00
沖縄県総合福祉センター(501研修室)/那覇市首里石嶺町

講師 うるま市教育委員会文化課嘱託員 輝 広志氏
テーマ 羽地朝秀の改革と変わりゆく王府・王国




羽地朝秀は王国が古琉球から近世社会へ移行する過程で、
さまざまな王国の制度改革を次々と断行していった摂政(国相)として知られている。

薩摩侵入後の疲弊した社会の中で、冷徹と思えるほどの政策を打ち出していったが、
よく考えを凝らし、改革をする上での代案を常に用意していた点が注目をされる。

たとえば国王の恒例の久高島参詣行事にしても、
経費や随行員の削減、王の身の安全確保などのため廃止を決定、代理を派遣するにとどめた。
国王、聞得大君大君が弁が岳の久高島遥拝所から拝めばすむことだ。
王国内の古琉球的で、神ががり的な因習の淘汰や、虚礼の廃止に大鉈を振るった。

一連の改革は、「羽地仕置」とよばれる。
一方で、間切の分割や新設を積極的に行い、首里集住により増えた高級官僚、
政教分離によって地位向上した王妃などの新たな領地を確保し、
薩摩支配を受け入れながらも王国の立て直しを図り、後の蔡温による改革への橋渡しの大役を果たした。


★講義の詳細は、一番下の当日配布されたレジュメを参照してください。


第2回目の講義にも、開始時間前から受講生が続々を押し寄せる。



講義に先立ち古都首里探訪会の桑江良勝会長から
次のフィールドワークである古都首里めぐりの説明がなされる。
座学のほかに、野外学を用意している点も、首里大学の根強い人気の秘密だ。


那覇市歴史博物館の川島氏による講師の紹介。


今日の講師は。琉球史が専門の若き学徒の輝広志氏。
うるま市の前は、那覇市で古文書解読員をしていた。琉球史を鋭く読み解いた成果の一端が語られた。
パワーポイントは使わず、ひたすら言葉で講義する。



ギッシリ満員の首里大学パノラマ壮観の図です。その数、百名超えなり。



しっかり耳を傾け、しっかりメモをとる熱心な受講生の皆さん。



講義中は私語、雑談は一切なし。真剣勝負です。




ホワイトボードに「日琉同祖論」のキーワード。
摂政・羽地朝秀が王国運営のために編み出したコンセプトか。



士族の名乗り頭の解説。羽地朝秀の和名は羽地按司朝秀、中国名は、向象賢。



講義後も、質問者の列がつづき、大変です。



首里大学生の学生証の発行が、受講者のやる気を引き出しています。
登校時には提出し、下校時には持ち帰ります。



動画 講義の模様を動画で体感してみてください。4分13秒。



当日、輝広志氏から配布された手作りのレジュメ
各画像をクリックすると、拡大します。

 



 





 




   




第1回 平成26年8月14日(木)18:30~20:00
沖縄県総合福祉センター(501研修室)/那覇市首里石嶺町

講師 沖縄美ら島財団首里城管理部・学芸員 上江洲安亨氏
テーマ 尚清王とその時代ー「王国」の繁栄と光と影




第二尚氏4代尚清王は、ビッグな父親の尚真王に比べると、地味であまり目立たない印象だが、
よく調べると後の王国運営に重要な事績を残していて、興味深い人物である。

東シナ海に跋扈・跳梁する倭寇に対する防備強化として、
那覇港南岸の屋良座森城の建設や首里城南東外郭の増築や継世門建造を行っている。
首里門(守礼門)や王家の冠婚葬祭の場である大美御殿、聖地・弁が岳参詣道の舗装をしている。
一方で、祭祀歌謡集「おもろそうし」の編纂という一大国家事業をスタートさせてもいる。

尚真王代の栄華のあと、下り坂にさしかかった王国の防備と存続、王国の権威の保持に
知恵と力をそそいだ名君といえるのではないだろうか。

★講義の詳細は、一番下の当日配布されたレジュメを参照してください。




台風で開講が一週間のびたが、百名をこえる受講生は待ち兼ねたように殺到した。
受付係は大忙しのてんてこまい!



会場はご覧のように、ギッシリ満員。開校式の模様。主催者挨拶するのは、慶佐次興和首里振興会副理事長。
その右は司会役の泉健司総務企画部長。スクリーン奥が待機中の本日の講師・上江洲安亨氏。



連携先の那覇市歴史博物館・文化財課の大城敦子主幹によるスピーチと講師紹介。



首里城に関するニュースでよく目にする講師の上江洲安亨学芸員。
親しみやすい語り口とキャラクターで尚清王の時代をくっきりと浮かび上がらせてくれました。



パワーポイントとスクリーンを使った入念な講義。“女子大生”が多いのも本学の特徴です。



尚真王には七人の子供がいたが、そのうち五男の尚清が他をさしおいて王になったのはなぜか?
尚真王の母・おぎやか、側室・華后、二代尚宣威の娘・正室の居仁などの確執が繰り広げられた結果とする。



熱心にメモと取る受講生の皆さん。



老若男女・多士済々を絵に画いたような受講生群像。きっとお知り合いがいるはず。




動画 写真だけでは伝えきれないので、授業風景を2分程度に編集して、動画でリアルに再現してみます。
冊封使が琉球に来た時の“商売”について語っています。画像中央の再生ボタンをクリックすると、ユーチューブの動画になります。


 
講義後の質疑応答タイム。冊封使の船の乗組員と琉球や倭寇的日本人の間で、
どんな商品が取引されていたかの質問に不明な部分が多いとの答え。



着物姿の女性もいて、いい雰囲気です。


この日発行され、帰りに手渡された「首里大学学生証」
次回からこれを携行して、登校することになります。


当日、上江洲安亨氏から配布された資料

各画像をクリックすると、拡大します。