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琉球王国の旗と祭壇
首里振興会事務局:〒903-0807 那覇市首里久場川町2-18-9 首里支所内1F  
理事長:永山潔  事務局長:又吉盛秀
TEL:098ー886ー5547 FAX :098-943-0097 e-mail:staff@syuri-sinkoukai.com

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首里地区自治会の紹介と役割


戦前の十九の町名と行政区は、
そのまま今日の自治会に引き継がれています。



山川町自治会旗頭 赤田町自治会の弥勒(みるく)
山川町自治会旗頭           赤田町自治会の弥勒(みるく) 

1957(昭和32)年、旧首里市が、
旧真和志村、小禄村とともに県都・那覇市に合併したときも
地名の首里は「那覇市首里○○」として温存されました。

戦前の十九の町名……
1.赤田 2.崎山 3.鳥堀 4.石嶺 5.久場川6.平良 7.大名 8.末吉 9.儀保 10赤平
11.汀良12.当蔵 13.大中 14.桃原 15山川 16.池端 17.真和志 18.金城 19.寒川
の各町はそのままの行政区分で残されました。
そして、住所を表記するときは、たとえば赤田町なら、
「那覇市首里赤田町」と王朝古来の首里の地名と町名が併記されるのです。

それぞれの町にはそれぞれの自治会長が市によって任命され、
活発な自治会活動が展開された結果、
首里は戦前を遥かに上回るほど活気に満ちた城下町としてよみがえりました。


首里の振興発展に大きく寄与したのは、
とりもなおさず各町内をまとめてもろもろの事業を推進した
自治会長とその連絡協議会でした。
今日の「琉球王朝祭り首里」の開催も、
この首里地区各自治会、それらを結ぶ自治会会長連絡協議会と
首里振興会が車の両輪となって、初めて可能となります。


旧「首里文化祭実行委員会」の事業を財政面で支えたのは、
各自治会(住民)に課された分担金によるものであるし、
実践を支えたのは各自治会に育った多くの人材でした。
現在、集合住宅、団地の自治会を含めて40を超える
首里地区自治会連絡協議会の役割は
今後もますます重大になっていくことでしょう。

次に、首里19町、41自治会のうち、御馴染みのところをご紹介します。


弥勒ウンケー(お迎え)で知られる赤田町自治会

赤田町旧盆弥勒ウンケー(お迎え)

赤田町自治会(会員世帯数206)の活動拠点は、
赤田クラブ(集会施設)で、わらべ歌で広く親しまれている
「赤田首里殿内(アカタシュリドゥンチ)」の跡です。                        
このわらべ歌は、旧暦7月16日に、
厄を払い、福をもたらすとされる弥勒神をお迎えする
「みるくウンケー」の行事を歌ったもので、
この伝統行事は、昭和初期から久しく途絶えていましたが、
関係者の熱意と努力により、平成6年、60数年振りに復興し、
毎年、赤田町の歴史的伝統行事として古式ゆかしく挙行し、
後世に継承していく努力を続けています。
「赤田のみるく」は復興以前から
毎年、首里文化祭(現琉球王朝祭り)には参加しており、
祝賀パレードの先頭を仰せつかっていますので、
皆様御馴染ではないかと思います。

末吉の森と獅子舞で名高い末吉町自治会

末吉町自治会の名物・獅子舞

自治会(会員世帯数166)のある末吉町には、那覇市で唯一の樹林地で
貴重な原生林のある自然公園(末吉公園)があります。
その森には、尚泰久王時代(1450~1456年)に建設された
末吉宮(末吉社壇)があり、熊野権現を祀った琉球入社の一つで、
毎年1・5・9月の吉日には琉球国王の参詣があった神社です。
宮周辺には御嶽、拝所、御井戸(ウカー)等が多数あり、
そして組踊「執心鐘入」で有名な遍照寺(万寿寺)跡や、
宜野湾御殿ののある御殿山があります。
毎年3回、自治会会員で、宮周辺の御嶽、拝所、御井戸等の
通り道の清掃作業をしています。
また広く知られた末吉の獅子舞(獅子加奈志)は、
那覇市民俗無形文化財で約250年の伝統があり、
毎年旧暦8月15日(十五夜)には、
野呂殿内の神屋で奉納の舞、御美御拝(ウヌフェー)を行い、
町内の出入り口にて町に入ってくる邪気を追い祓う舞を演じ、
旧暦8月15目前後の土曜日には、
公民館広場にて舞台を作り十五夜祭を開催いたします。
首里文化祭(現琉球王朝祭り)の祝賀パレードでも、
当自治会の獅子は、毎回招かれて、
アイドル的なキャラクターとして親しまれています。

町丸ごと、琉球王朝時代の博物館・金城町自治会。

歴史の色濃い金城町石畳道
 石畳道途中の休憩処・金城村屋

金城町は、観光客にも有名な金城町石畳道のある、
首里城の南斜面に広がる坂の町です。
冬は首里城が北風をさえぎり、夏は涼風吹き抜ける土地柄です。
町内のいたるところに、史料的価値の高い地域や文化財が点在する
首里随一の古い町並みです。町全体が琉球王朝の生きた歴史博物館といえます。
その数、40箇所以上、その名をちょっと挙げただけでも、
真珠道、鳥添坂、金城町石畳道、金城橋、チニン坂、上ヌ道、下ヌ道、
王陵坂、仏坂、金城大樋泉、仲之川、弥覇川、潮汲川、新垣ヌカー、
上ヌ東門ガー、下ヌ東門ガー、玉陵、見揚森、樋泉毛、華茶苑、夕市、
二門御墓、内金城御嶽、金城の大アカギ……、
ただ難をいえば、坂が多く歴史的史跡が多いぶん、
インフラの整備が遅れがちで、生活便に支障が少なくないということです。
しかし暮らしてはこんないい所なし。
車の騒音なく、埃なく、梅雨時の蛍の乱舞、うりずんの頃の通り風に香りあり。
朝晩のしじまは周辺の樹木に満ち満ち、昔日はかくやと思わせるものがあります。
現在、石畳小路(スージ)12ケ所の整備が進行中で、この整備が終わりますと、
スージを歩くだけでも身も心もいやされる場となるでしょう。
ともあれ、歩いて見たくなる町に必ずしようとの思いが私たち金城町自治会の願いです。

泡盛と歴史の故郷…崎山自治会

雨乞御嶽雨乞御嶽

崎山町は、琉球王国時代から赤田、鳥堀町とともに首里三箇と呼ばれ、
この地域は水が豊富な事から王朝時代から泡盛の生産が盛んで
泡盛の発祥の地として知られています。
現在でも崎山(瑞泉酒造)、赤田(識名酒造)、鳥堀町(咲元酒造)に一社ずつ残っています。

また崎山町は王朝文化を偲ぶ名所旧跡が多い所として知られ、
当自治会(会員世帯数330)は案内板設置など当地の歴史紹介に力を入れています。
主な名所を首里城南側の崎山馬場通りから順を追って紹介します。
歴史散策にお役立てください。
1.崎山馬場 国王の競馬場。東西約325メートル、西端がンマイーヌチビ(尻)、東
端がンマイーヌカラジ(頭)で、中央付近(崎山公民館敷地)が国王が来臨する御桟敷で、
ここに1835年首里に14あった村学校の一つ「啓蒙館」が建てられました。
銘酒泡盛瑞泉酒造もこの通りにあり、見学でき、古酒の試飲もできます。
2.崎山遺跡 旧石器時代の鹿の角、骨等を出土。
3.崎山御嶽 崎山主(シー)を祀り、波上権現の由来があります(那覇市指定文化財)
4.崎山樋川 崎山御嶽の東側。王府の正月のお水取りの行事に吉永として献上。
 冊封使葆光は「岩瀑門に当たりて  落ち…」と崎山樋川の清冽豊富な水量を詠んでいます。
5.雨乞御嶽 旱魃のとき国王が降雨祈願祭をしたとの伝説。(那覇市指定文化財)
6.石造大獅子 フィザン(火災を起こす山)島尻の八重瀬岳に対峙して製造。
 元は雨乞御嶽脇の御茶屋御殿内の御殿山岩陰にありました。
7.御茶屋御殿跡(東苑)  国王が遊覧したり、冊封使など国賓を歓待した別邸兼迎賓館。茶会始め
 いろいろな芸能の宴が開かれた。菜園跡は城南小学校になっています。
"拝でぃ拝みぶしゃや首里天加奈志、遊しでぃうちゃがゆるお茶屋御殿" (古屋チルー)と詠われた
この御殿の復元は地元はもとより、首里城につづくウチナーンチュの悲願です。

★首里地区の各自治会の紹介は、随時、追加していきます。

首里地区の発展の原動力となった各自治体紹介

地図をクリックすると、拡大します。首里地区の全自治会一覧マップ
那覇市ホームページより転載

首里地区各自治会の詳細情報はこちら。
那覇市ホームページリンク 
http://www.city.naha.okinawa.jp/jitikai/annai_syuri.htm#S85








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