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 1.琉球王国の歴史と変遷

日本の南の果てー亜熱帯の島々に
もうひとつの文化が華ひらいた。
琉球王国、五百年。

首里城正月儀式


15世紀前半――
日本本土が室町幕府の崩壊により
戦国時代に突入していった時代よりさらに100年も前、
南の果ての島々では別の戦国時代がすでに終わりを告げていました。

英雄・尚巴志による、
南山・北山・中山の三国に分裂していた琉球の統一。
ここにその後、明治初期までの五百年間、
歴代の国王をいただいた、
日本の歴史・文化とはまったく色合いをことにする琉球王朝が成立しました。

14世紀後期にすでに始められていた明国との進貢貿易と冊封外交。
中国、朝鮮、日本、マラッカ、ジャワなど、
東南アジア諸国を結ぶ中継貿易国家として栄えた大交易時代。
冊封使節を迎えるための組踊、
王族着用に始まる紅型等、王国独自の酒泡盛、
琉球独自の文化………。

その繁栄を、沖縄の古謡集―『おもろさうし』は
「首里にまします国王と、天に照る太陽神と、一体にあらせられよ」と謡いました。
すべてが日本の南端、アジアの入口に位置するところから生まれました。

しかしその後、17世紀初め(1609年)の薩摩侵入、
明治十二年の琉球処分などにより王国は衰退・消滅。
第二次世界大戦で王朝の遺産は灰燼(かいじん)に帰しました。

戦後、沖縄は、アメリカ統治のもと、
日本本土と政治、経済ほかすべての面で分断されました。
しかし粘り強い県民の復帰運動や政府の交渉で本土復帰を果たし、
それと平行して、消失した首里城や古都首里の町並みの整備が進められ、
1992年には首里城が復元をなされ、今日に至っています。


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守り神シーサー
龍と並ぶ城の守り神シーサー

琉球王国および首里城関連年表

1305年―察度王  浦添按司より中山王となる。
1372年―察度王  はじめて明に朝貢し、進貢貿易をはじめる。
1389年―察度王  朝鮮と通交する。
1392年―察度王  「数丈の高楼を建造し以って遊観に備う」
1404年―武寧王  はじめて明王朝より冊封をうける。
1406年―尚思詔王 武寧王を滅ぼし、第一尚氏王統が中山王となる。
1427年―尚巴志王 この頃、国相・懐機“龍潭”“安国山”を築庭する。
             首里城の第一次拡張工事により内郭整備。
1428年―尚巴志王 首里城中山門を創建する。
1429年―尚巴志王 山北、山南を滅ぼし、全島を統一する。
1458年―尚泰久王 首里城正殿に“万国津梁の鐘”を架ける。
1470年―尚円王  尚徳王を退け、第二尚氏王統成立。
1477年―尚真王  城の第二次拡張工事により、北側外郭、歓会門、久慶門創建。
1492年―尚真王  この頃“円覚寺”を建立。
1501年―尚真王  この頃“玉陵”を築造。
1502年―尚真王  円鑑池・弁財天堂創建、天女橋・龍淵橋架橋。
1503年―尚真王  マラッカに通交。
1508年―尚真王  首里城“北殿”創建。
1509年―尚真王  “百浦添之欄干之銘”正殿欄干に刻まれる。
1520年―尚真王  シャム、パタニと通交。この頃、諸按司を首里城下に居住させる。
1527年―尚清王  この頃、“守礼門”創建。 
1546年―尚清王  城の第二次拡張工事を引き継ぎ、
            南側外郭の整備及び“継世門”創 建。城内の“京の内”を整備。
1609年―尚寧王  “慶長の役”(薩摩侵入事件)
1621年―尚豊王  この頃、“南殿創建”。
1660年―尚質王  正殿炎上。
1670年―尚貞王  正殿瓦葺になる。
1709年―尚貞王  正殿、北殿、南殿等炎上。
1712年―尚益王  首里城復興のため、薩摩より材木が寄贈される。
             この頃、首里城正殿再建。  
1719年―尚敬王  玉城朝薫冊封使歓待のため“組踊”を創作。  
1753年―尚穆王  首里城寝廟殿、世添殿創建。
1872年―尚泰王  琉球王国、琉球藩となる。
1879年―尚泰王  廃藩置県により首里城を明け渡す。

この頁及び次頁の文案と年表は、このサイトの立上げに参画した編集人自身が1987年に執筆した、首里城公園の首里城復元告知パンフレットのオリジナル原稿をもとに、アレンジを加えたものです。


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